家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて黄金、乳香(にゅうこう)、没薬(もつやく)を贈り物として献げた。
(マタイによる福音書2:11)
「宝の箱を開けて」と聞いて、子どもの頃ワクワクした覚えがあります。
そこから黄金!(すごい!)、乳香(!?)、没薬(???)となりました。
おとずれた東方の学者たち。そこで小さな幼子を見てひれ伏して拝み、宝の箱を開けて高価な贈り物をする様子。それが貧しい母子の前でなされた。その学者たちに躊躇や戸惑いはありません。そのすべてが不思議でいて、とても麗しい情景に思えます。
「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」(:2)
こういう確信に満ちた理由が彼らのクリスマス体験でした。
わたしたちも、聖書を通して彼らの思いを追体験することができます。
クリスマスに礼拝をささげることこそ、その追体験だとわかります。
- 祈り 主イエスさま。クリスマスにあなたの誕生を思い、を心から礼拝することができることを感謝します。あのはるばる東方の国から長い旅を経てその誕生を祝いに来た学者たちの姿を心に、その思いを想像し追体験できる礼拝者としてください。