わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★事実はここまでひどい…

わたしたちの聞いたことを、誰が信じえようか。主は御腕の力を誰に示されたことがあろうか。乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように この人は主の前に育った。見るべき面影はなく 輝かしい風格も、好ましい容姿もない。

(イザヤ書53:1-2)

 

後に現れるキリストについての預言です。
その預言された内容は、キリストのありさまそのものでした。
その姿はひどく見るに堪えない。しかもわたしたちが理想とするような容姿でもない…とあります。

最近では、聖画、映画、アニメ、そしてマンガでもイエスさまはとても美しく描かれます。
けれども、事実はここまでひどい…と、イザヤの預言は語ります。

そして「誰が信じ得ようか」とも言います。もしわたしたちがそこにいて、信じ得たでしょうか?
事実、キリストの十字架のところを通りがかった人は、「頭を振りながらイエスをののしった」とある通りです。

しかし、聖書はこの方こそ神が遣わされた救い主キリストであるとはっきり証言します。
わたしたちは、神さまの霊によって信仰の目をいただく必要があります。

だれのためにこのキリストはここまで貶められたのか。なぜこれほどまでの苦悩を受け入れて十字架で死なれたのか。
そうしてわたしたちは、本当の答えにただりつくことを覚えていたいのです。

  • 祈り 主よ、わたしの心の目を開いてください。神の子でありながら人として、しかも最もひどい仕打ちを受けて十字架にかかられたイエス・キリストの真実を、わたしたちが心から知ることができるよう、わたしにさとりを与えて下さい。
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