わたしは若者を支配者にした。気ままな者が国を治めるようになる。
(イザヤ書3:4)
ユダとエルサレムに対する神の裁きの言葉がこのところに連ねられています。
そのひとつが、国を治めるものを未熟な若者にし、気ままに治めさせるようにするというものでした。
神さまの裁きは、火の雨を降らせるようなものではなく、むしろそこにいる人、そこにある社会、人間関係に破綻をもたらすようにしていくものでした。神に背を向けた国の末路がわかります。
今の時代に、今の日本で召されたわたしたちクリスチャンは、この国のために、またリーダーたちのために、そして社会と価値観の守りのために、とりなし祈らねばならないと感じます。
少し長いですが、パウロの手紙から
1テモテ2:1-4
そこで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。 王たちやすべての高官のためにもささげなさい。わたしたちが常に信心と品位を保ち、平穏で落ち着いた生活を送るためです。 これは、わたしたちの救い主である神の御前に良いことであり、喜ばれることです。 神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。
- 祈り 主よ、わたしたちの国を憐れんでください。立てられているリーダーに神さまからの知恵と導きがあるように、あなたが触れてください。どうかこの国で、あなたの救いを知りあなたに立ち返る者たちが起こされるように、どうかわたしたちの祈りを用いてください。