アブラハムの信仰がその行いと共に働き、信仰が行いによって完成されたことが、これで分かるでしょう。
(ヤコブの手紙2:22)

イサクをささげるという、アブラハムの神への応答を通して、その信仰がはっきりと証されたことが前節からの文脈で示されています。
ただ信じているだけでなく、信仰を働かせることで、深い天来の喜びにつながります。
ときにそれは、祈りあうことによって。またお互いに仕えること、奉仕することによって。また福音を伝えることによって。またささげることによって…。時には、一緒にいて支えあうことによって受け取ります。
どこかのCMで、「なんだかうれしい」と漏らす様子があります。
不思議ですが、主にある信仰の行いには、さらにまさるうれしさを神さまからいただくことができるのです。
アブラハムは、愛する息子イサクを回復しました。そして同時に神さまとの深いつながりを経験して喜びを経験したのです。
- 祈り 恵み深い天の父なる神さま。あなたを信じて、日々の歩みが守られ導かれていることを感謝します。今日一日も信仰によって歩みます。どうか、あなたのために、そしてだれかのためにできる、信仰のご奉仕へと導いてください。

