主は羊飼い。わたしは何も欠けることがない。主はわたしを青草の原に休ませ 憩いの水のほとりに伴い魂を生き返らせてくださる。
(詩篇23:2-3)

「わたしは良い羊飼いである」(ヨハネ10:11)というイエスさまの言葉を並べると興味深いですね。
イエスさまも言われました。「わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである」(同:10)
美しい言葉であるのですが、いざこれを読んでいるわたしたちは、自分のことを、あの頼りない羊として見ているか、と問われるとどうでしょう。
迷いやすい、そして弱い。
わたしたちがイエスさまを「羊飼い」として、初めて心から知ることができるのは、おそらく自分を、そういう羊と認めるときからでしょう。
そうして初めて、「ああ、イエスさまがすべての頼りなのだ」と知ることができるのです。
- 祈り わたしの羊飼いなる主よ。わたしはあなたに目を向けあなたを頼りに歩んでいきたいと願っています。迷いやすいわたしを、どうかあなたの導きのもとで祝福し、いのちの喜びで満たしてください。


