どうか、忍耐と慰めとの神が、あなたがたに、キリスト・イエスにならって互に同じ思いをいだかせ、
(ローマ人への手紙 15:5)
相手の気持ちに配慮することが苦手な私たちは、まして神さまのお気持ちに心を配るということなど少ないかもしれません。 関心がないのです。
だれのための神の忍耐、だれに向けられる神の慰めなのでしょう。
キリスト・イエスを知るとき、まことの神のまなざしは、わたしたちへの慈しみで満ちていることを知ることができます。
ただ、私たちが気づいていないだけ、いや知ろうとしていないだけなのです。
キリストを通して神を知ること、ともにそこから始めましょう。