「…口に入るものは人を汚さず、口から出て来るものが人を汚すのである。」
(マタイによる福音書15:11)
この前後を見てみましょう。
直前の10節でイエスさまは、「聞いて悟りなさい」と言われ、直後の12節で、弟子たちは報告します。「ファリサイ派の人々がお言葉を聞いて、つまずいたのをご存じですか」と。
イエスさまの言葉を聞いた上でつまずく人たちがいました。
その言葉に偽りがあり、偽善があり、また憎しみや敵意があった。
彼らは、自分たちの口で語る言葉に左右され、支配されていました。
更に少し前の8節でイエスさまは、預言者イザヤの言葉をもって彼らのことを語っています。
マタイ15:8-9 『この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。人間の戒めを教えとして教え、むなしくわたしをあがめている。』」
聞くことのできない彼らは、だんだんとイエス様への殺意を燃やすようになり、その思いは自分の言葉によって正当化され、支配されていきます。
わたしたちはイエスさまの言葉を受け止めて生きるために、まず自分の口にする言葉がきよめられるよう気をつけ祈りましょう。
- 祈り 主よ、今、さまざまな感情や思いがあふれ出てしまうような状況が周囲にあります。どうかわたしの口から出る言葉をきよめてください。何よりもまずあなたの言葉を心に、そして口にすることができますように、日々導いてください。