信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。 (ヘブル人への手紙 12:2 )
主を見上げ目を離さないで、しかも走り続けると、足もとの石につまずいてこけることもあるかもしれません。
でも決してその導きの道を見失うことはありません。
時に、信仰生活の歩みでは、その信仰のゆえに問題を経験することもあります。
でも、主から目を離さないでいれば決して生きるべき道を見失うことはありません。
何よりもそれが一番大切なことです。祝福を祈ります。