わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)
聖書から

★限界をはるかに超えます。

しかし、聖書に書いてあるとおり、「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮びもしなかったことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた」のである。 (コリント人への第一の手紙 2:9) だれも想像さえできなかったほどの出来事、それ...
聖書から

★全生活で神さまを!

主の名は堅固なやぐらのようだ、正しい者はその中に走りこんで救を得る。 (箴言 18:10) 信仰で、わたしたちの生活のすべてを覆うことです。 祈ることで、生活のすべてに神さまを迎えることです。 私たちはイエスさまのお名前によって、父なる神さ...
聖書から

★だまされないで!

盗人が来るのは、盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしがきたのは、羊に命を得させ、豊かに得させるためである。 (ヨハネによる福音書 10:10 ) 先日、詐欺でだまされた方のお話をテレビでやっていました。 明らかな「盗...
聖書から

★その迫りを感じていますか?

なぜなら、キリストの愛がわたしたちに強く迫っているからである。わたしたちはこう考えている。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのである。 (コリント人への第二の手紙 5:14) 「すべての人」。だから、どんな人も例外...
聖書から

★通用しないのか!?

おおよそ主にたより、主を頼みとする人はさいわいである。 (エレミヤ書 17:7) 「世の中には信仰では通用しない場所がある」と言われる方もいます。 主なる神を、この世以下に置いている限り、それは事実となるでしょう。 聖書の全巻は、そういう中...
聖書から

★どんなに小さな集いでも

ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」。 (マタイによる福音書 18:20・イエス・キリストの言葉) イエスさまは、クリスチャンが、この世でひとりきりで生きるのではなく、つながりをもち愛を分...
聖書から

★置物ではありません

というのは、神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである。 (テモテヘの第二の手紙 1:7) すごいと思いませんか!? 神さまは、福音を信じる私たちに、神の霊をくださっているのです。 祈るとき、私たちの心に、...
聖書から

★現実的な葛藤ですが…

キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、その情と欲と共に十字架につけてしまったのである。 (ガラテヤ人への手紙 5:24) 私たちの心の中に起こる葛藤は、他人には見えませんが現実的です。 情欲、欲望など、私たちの時間や心、時には人間関係さ...
聖書から

★人生の主導権

怒ることがあっても、罪を犯してはならない。憤ったままで、日が暮れるようであってはならない。 (エペソ人への手紙 4:26) 「怒ること」という感情を否定してはいません。 私たちが生きる時代には、さまざまな理不尽や不公平、不幸や悪意、裏切りな...
聖書から

★神さまは応えてくださいます

わたしの宮に食物のあるように、十分の一全部をわたしの倉に携えてきなさい。これをもってわたしを試み、わたしが天の窓を開いて、あふるる恵みを、あなたがたに注ぐか否かを見なさいと、万軍の主は言われる。 (マラキ書 3:10) 「献げる」ということ...
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