わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★主こそわたしの受ける分だから…

「…主こそわたしの受ける分」とわたしの魂は言い、わたしは主を待ち望む。
(哀歌3:24)


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エレミヤは過酷な状況の中でも、決して奪われることのない、本物の希望を語ります。
「あなたには、このかたこそ『主』と呼べる、まこと神がいるじゃないか!」と。

ある人は、「たとえ神がいても、わたしの今を変え、わたしの願いがかなえないなら、そんな神は必要ない…」と、自分を中心に、狭い視野で神を拒みます。

しかし、エレミヤは心から「神さまこそが自分が受けるべき祝福のすべてだ!」と神が共におられること、そのものの幸いに目が開かれているのです。

あなたはつかんでは、壊れていくようなものに望みを置いてはいませんか?
「神こそわたしの人生の主、この方こそわたしの受ける分、わたしはこの方を待ち望む」と告白して目を上げていくとき、わたしたちの歩みの先に、神のご栄光を見ることができるのです!

  • 祈り 主よ、わたしの心はあなたに望みを置いています。どうか、わたしたちの信仰を引き上げ、あなたの栄光を見ることができるよう祝福して下さい。