わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★好き嫌い、損か得かだけでなく

神の掟(おきて)を守る者は、神の内にいつもとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。神がわたしたちの内にとどまってくださることは、神が与えてくださった”霊”によって分かります。
(ヨハネ第一の手紙3:24)

 前節に「その掟とは、神の子イエス・キリストの名を信じ、この方がわたしたちに命じられたように、互いに愛し合うことです」とあります。
 
 気をつけていないと、わたしたちの行動や判断、関係づくりの動機は、自分が好き嫌いか、また損か得かという思いだけで左右されています。
 
 だから、だれしも愛するという言葉に感動を覚えても、自分の歩みでは苦痛を感じ、目をそらしてしまうのです。
 
 わたしのために、十字架で命を犠牲にするほどに愛してくださったイエスさまの愛に感動するとき、わたしたちが愛することは、感謝の応答となります。
 
 そして愛するという応答によって、神さまに造られた人の人間性の回復となります。その人の内に聖霊がいつもとどまってくださるからです。聖霊のうながしに感動して、わたしたちの人間性が癒され、愛する生活へと導かれるのです。

  • 祈り 神さま、あなたの愛への感動をもう一度、わたしの中に回復してください。心が鈍くなっていることを感じています。どうかわたしの内を癒し、愛する者として一歩を踏み出すことができますよう、導いてください。
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