わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★自分は大丈夫!?

彼らが苦難の中から叫び声をあげると、あなたは天にあってそれを聞き、豊かな憐れみをもって、次々と救い手を送り、苦しめる者の手から救い出してくださった。
(ネヘミヤ書9:27)
民の神への反抗⇒苦難⇒悔い改め⇒救いと、繰り返されてきた自分たちの歴史を、虚飾することなく振り返り、告白しています。
わたしたちはどうでしょう? 自分のこれまでの歩みを謙虚になって振り返り、神さまの前にへりくだるときを持つことはあるでしょうか?
調子が良く、すべてがうまくいっていると感じる時、人はしばしば傲慢になります。神さまの御声を無視し、その語りかけから目を背けて、自分でできる…という道に歩んでしまう、それが人がもつ罪の性質です。
「自分は大丈夫、だってこれだけうまくいっているから」というあやまった自信が砕かれるような困難があるとき、それは神さまの御手が伸べられている幸いかもしれません。
わたしたちのあるべき姿は、いつも神さまの御言葉に聞くこと、そしてその御言葉に心へりくだって聞き従うことです。
 
  • 祈り 主よ、もしわたしの心が、あなたへのへりくだりを忘れ、傲慢になり、あなたの御言葉から離れるような時には、どうか気づかせてください。悔い改めに導き、わたしを正してください。いつもあなた思い、あなたを愛する者としてください。
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