わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★愛し抜かれる姿

 

イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。
(ヨハネによる福音書19:26)
 
十字架上で息を引き取る前に、イエスさまは、ご自分の苦しみと死を直視して悲しみに残される母マリヤを案じ、弟子ヨハネに託した。
凄絶なその苦しみの中でも周囲を配慮しとりなすイエスさまの言葉に感動を覚えます。
 
直前の過越しに入る日についてヨハネはこう記しています。
 イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。(ヨハネ13:1)
弟子たちを、そして母を「愛し抜かれ」る姿は、十字架の苦しみのただ中でも変わりません。
 
一般に、凄絶な苦しみや悩みの中に置かれる時、わたしたちの視野を狭くなり、自分のことしか見えなくなります。無理もありません。
ただ、イエスさまの愛はその中にあっても、その視野を広げ、人の悼みと悩みへの配慮ととりなしを生み出します。
 
いつでもイエスさまのようでありたい。そういう思いを新たにされる今日の御言葉です。
 
  • 祈り 主よ、あなたが愛に生き抜かれたように、わたしたちに愛し、愛に生き抜く心を与えてください。あなたの愛をもっと深く感動し、受け取る者としてください。
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