わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★キリスト者の経験

そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。

(ローマ人への手紙5:3-4)

「苦難をも…」、別訳では「患難さえも喜んでいる」とあります。
信仰の先輩者たちが、その経験を語り知らせてくれているのです。

キリスト者も、生きている中で苦難を経験します。その経験の中で、キリストにある「忍耐」を学び、また「品性が練られ」ます。
そうして聖書にある永遠の希望を経験する者とされていくのです。

更にそのただ中で神の愛を経験しているとパウロは告白します。

  5:5 希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。

『苦労は買ってでもしろ』と、経験から生み出された日本のことわざがあります。
聖書は、そこにも違いを語ります。その経験を一時的な成長ではなく、永遠の希望を知る者としてくれるからです。

 2コリント4:16-17「 だから、わたしたちは落胆しません。…わたしたちの一時の軽い艱難は、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます。」

なぜなら、そこでも、いつでもまことの主が共にいてくださるからです。

 

  • 祈り 主よ、わたしたちはそれぞれ、さまざまな苦難を通ることがあります。不安があり、悩みがあるでしょう。その中であなたが共にいてくださる約束を感謝します。どうかわたしの目が、あなたにある永遠の希望を見ることができますように。