いかに幸いなことか、常に恐れを抱いている人。心の頑(かたくな)な者は苦難に陥る。
(箴言28:14)
別訳では、「いつも主を恐れている人」とあります。
神を恐れず、人を恐れないと公言する人もいるかもしれませんが、聖書は、「神を畏れる人は、畏れるからこそ幸福になり」(伝道者の書6:12)と記します。
ある時イエスの弟子たちは、当時の権力者たちに「決してイエスの名によって話したり、教えたりしないように」と圧力を受けました。
しかし、彼らは「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください」と答えています。
わたしたちも、わかってはいながら、自分へのこだわりや、人の目が気になったりすることで、すなおな信仰の告白に蓋をしてしまうことはないでしょうか。
先ほどの弟子たちも、かつて、十字架に引き渡されるイエスさまを見捨てて逃げ出した人たちです。
しかし、彼らは変えられました。
自分たちの力ではなく、彼らは復活のイエスさまとの出会いによって、神の霊によって変えらえたのです。
わたしたちは頭で「うまく生きよう」と考えてしばしば、間違った恐れを抱くことがあるかもしれません。
聖書は、神さまをこそ、畏れるべきお方だと語られていることを心にとめましょう。
- 祈り 主なる神さま、あなたはわたしたちを愛して、ひとり子をくださいました。イエスさま、あなたは命をも捨ててわたしたちを愛してくださいました。 どうかその愛の前に、本当の意味で恐れを持つ者としてください。