「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、我らのために救いの角(つの)を僕(しもべ)ダビデの家から起こされた。…」
(ルカによる福音書1:68-69)
バプテスマのヨハネの父ザカリヤが、ヨハネの誕生の日に聖霊に満たされて預言したキリストについての言葉です。
そこには、自分たちを解放する力[角(つの)]を持ったキリスト(救い主)が、ダビデの子孫から起こされることが語られています。
幼い頃、わたしは牧師であった父に、「本当の強さとは何だと思う?」と尋ねられた記憶があります。
その時、小賢しくもわたしは「ケンカの強い弱いではなく、いつでもやさしい人」というような答えをしたことを記憶しています。
それは漠然としたわたしのイエスさまのイメージでした。
それ以来この質問を何度も思い返すことがあります。
イエスさまは、まさしく愛の力をもって、わたしたちを自分中心の力に囚われた罪の束縛から解放してくださいました。
今、いわゆる目に見える力や強さを求める世の中だからこそ、イエスさまの歩みと言葉に目を向けなおす時ではないか、そう思わされます。
- 祈り イエスさま、あなたは現実の人の世界を歩まれたお方です。そしてその周囲のさまざまな不当な力の主張の中で、ただ弱い人を愛し仕える歩みを貫かれました。どうか、その愛の歩みをもっと知ることができ、わたしもまた倣うことができますように、導いてください。