わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★神の身勝手ではない

主は命を絶ち、また命を与え 陰府(よみ)に下し、また引き上げてくださる。主は貧しくし、また富ませ 低くし、また高めてくださる。

(サムエル記上2:6-7)

この祈りには感動の思いが込められているのです。

これは預言者サムエルの母ハンナの祈りです。
祈りに神さまが応えて下さり、子が与えられたハンナは、神さまの主権と真実をこの祈りをもって告白し、神に栄光を帰しています。

神の主権は、決して神の身勝手ではありません。
そこには、わたしたちには計り知れない配慮と真実なご計画があります。

1章に見るようなハンナの悲しみと葛藤を見る時、祈ることをあきらめてはいけないことの大切さを思わされます。
はたしてわたしの祈りは、ここまで求めているだろうか?
誰かをあきらめていないだろうか?…そう問われるのです。

あのように祈ったハンナだからこそ、神の恵みにあずかり、そして今日読んだような神の主権を賛美する者とされたことを忘れてはなりません。

  • 祈り 主よ、わたしはわたしたちの家族と大切な人たちの救いを求めます。決してあきらめない祈りをもってあなたを求めます。どうか、この祈りに耳を傾け、あなたの偉大な救いのみわざを見せてください。
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