わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★キリストが負われたもの

「困ったことをしてれたものだ。わたしはこの土地に住むカナン人やペリジ人の憎まれ者になり、のけ者になってしまった。こちらは少人数なのだから、彼らが集まって攻撃してきたら、わたしも家族も滅ぼされてしまうではないか」とヤコブがシメオンとレビに言うと、二人はこう言い返した。「わたしたちの妹が娼婦のように扱われてもかまわないのですか」。

(創世記34:30-31)

はじまりは、ヤコブの娘ディナが土地の男シケムに辱められたことです。
その後シケムは、父と共にやってきてディナを妻に求めました。

この事を聞いた兄は、彼らをだまして割礼を受けさせ、その痛みに苦しむ彼らを虐殺して財産をも略奪しました。

人の過ち、それに対して生まれる過剰な復讐心。そこに広がる憎しみの連鎖と増幅というもの。その結末は悲惨です。
ここで彼らは、自分たちの復讐を正当化しています。

わたしたちは、この物語から今も続く、人が抱える憎しみの連鎖と広がりの恐ろしさを感じます。

さてここで、イエスさまはそのすべての憎しみと復讐心をも身に受け、そこですべてを断ち切って十字架にかかって死なれた…と言ったらどうでしょう。

イエス・キリストを宣べ伝えていた使徒ペトロに対して大祭司はこう迫りました。

使徒5:28 「あの名によって教えてはならないと、厳しく命じておいたではないか。それなのに、お前たちはエルサレム中に自分の教えを広め、あの男の血を流した責任を我々に負わせようとしている。」

それに対してペテロは答えます。

 5:29-31 ・・・「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。 わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました。神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手とし、救い主として、御自分の右に上げられました。・・・」

  • 祈り わたしの救い主なる主よ、わたしの心に和らぎを与えて下さい。復讐ではなく赦しを。憎しみではなく愛する心をわたしの内に満たしてください。ただあなたの思いをわたしの中に満たしていてください。
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