「…また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。」
(マルコによる福音書4:8)
種(神の言葉)がどこ(心)に蒔かれるかで、実りが違うというものです。
「種」は良いものなのに、結果が違います。
昔、開拓伝道をした所を十数年ぶりに見ました。
その周囲。かつて田んぼから畑になっていた場所が、再び青々とした田んぼになっていました。
土地の手入れの仕方で何を植えるにふさわしいかが変えることができるんだ…と、小さな感動でした。
わたしたちの心が、神の言葉を聞くのに適した土地とされているでしょうか。
時間を聖別し、十字架による赦しを感謝し、祈りつつ御言葉に耳を傾けることです。
賛美をもって、感謝をもって耳を傾ける中で、御言葉はわたしたちの中で育っていくことを経験することを期待できるのです。
- 祈り 主よ、わたしの時間をささげます。どうかあなたの御言葉を聞き、味わい、そしてその御言葉によってあなたのを知ることができますように、導いてください。あなたの御言葉を通して、あなたご自身の祝福を見ることができますように。