死ぬときは、何ひとつ携えていくことができず 名誉が彼の後を追って墓に降るわけでもない。
(詩篇49:18)

人の人生の結末は、その死後にあります。そのすべてを神さまが見ておられるからです。
日本古来には「三途の川も金しだい」とは言いますが、聖書は「何ひとう携えていくことはできない」と語ります。地上での富も、この世での栄誉も持っていくことはできません。
この40篇では、多くの人が地上で頼りとし求めるもののすべてが死後の世界には無意味ということを示したうえで、16節にこう語ります。
しかし、”神は”わたしの魂を贖(あがな)い 陰府(よみ)の手から取り上げてくださる。(:16)
悟るべきは、今、まことの神さまにつながっているべきことです。
死後、自分の皮から何も持っていくことはできません。しかし神さまがわたしたちに御手を伸べてくださいます。
- 祈り 天と地を造られたまことの神さま。あなたがわたしの生きるをも死ぬをも、すべてご存じで、御手の中で導いてくださることを感謝します。あなたを頼り、あなたを心から賛美します。どうかこの信仰を持って、この地上での歩みを全うすることができますように、わたしを導いてください。