わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★キリストによる国を思いつつ

そのとき、ダビデの幕屋に、王座が慈しみをもって立てられ、その上に、治める者が、まことをもって座す。彼は公平を求め、正義を速やかにもたらす。

(イザヤ書16:5)

当時のイスラエルの周辺諸国への預言の中で、モアブについて語られる中で記された将来のメシア(救い主・キリスト)を通してもたらされる祝福された王国の一端が記されています。

預言者たちが語る、将来のキリストによって治められる王国の理想は、自分たちに縁のない夢物語のようにとらえがちです。

理由の一つは、わたしたちの生きている時代と世の中、また周辺の国々も含めて、不正や不安、治める者のゆがんだ権威主義などを随所で見て、人の世界の限界を学んでいるからかもしれません。

イザヤが生きた時代もそうでした。
しかしイザヤは、神のご計画ともたらされる理想の王キリストの御支配と祝福を将来に仰ぎ見て語り続けたのです。

それは必ず来たります。それはわたしたちも聞くべき、語り継ぐべき言葉なのです。

  • 祈り 「見よ、わたしはすぐに来る。この書物の預言の言葉を守る者は幸いである」(黙22:7)と言われたキリストの言葉を思い起こします。わたしたちが生きるこの時代の不安と不正に流されることなく、あなたがもたらされる祝福のご支配を想いつつ、今日を誠実に生きます。主が私を見て知っていてくださるからです。
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