悔い改めにふさわしい実を結べ。
(マタイによる福音書3:8)
短く、とても強い言葉です。
バプテスマのヨハネが、当時の宗教的指導者パリサイ人、サドカイ人がヨハネのバプテスマを受けに来るのを見た時、その彼らに向かって言った言葉でした。
一般の人や罪人と呼ばれる人たちではなく、彼らに放たれた言葉であったことは、もしかしたら周囲の人たちにもショックを与えたかもしれません。
ヨハネのバプテスマは決して悔い改めのパフォーマンスではないということです。
ヨハネは、彼らの中に偽善を見ていました。
神ではなく、自分を見せようとするところに悔い改めの心はありません。
「心から神さまの前にへりくだる」。そこにある「心」を見ておられる神がおられることを知り、わたしたちの心をきよめていただきましょう。
- 祈り 神さま、あなたがわたしの心の隅々までをよくご存じです。わたしの中に傲慢や偽善の心があることに気づきと悔い改めの導きをください。そして悔い改めにふさわしい実、へりくだりと感謝へと導いてください。