だれでも誘惑に会う場合、「この誘惑は、神からきたものだ」と言ってはならない。神は悪の誘惑に陥るようなかたではなく、また自ら進んで人を誘惑することもなさらない。
(ヤコブの手紙 1:13)
あやまちの原因を、誰かになすりつける。
人は、あのアダムとエバの最初の時以来、罪を犯してすぐにそうやってきたことが記録されています。
時にもっともらしく、あやまちを神のせいにさえする。
時には、神の名をかたってあやまちを犯す。
どちらも誠実な態度とは言えません。
自分の過ちとして認めることから、謙虚さと悔い改めが生まれます。
神さまへの誠実な態度。
とても大切なことなのです。