なぜなら、神について知り得る事柄は、彼らにも明らかだからです。神がそれを示されたのです。世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。従って、彼らには弁解の余地がありません。
(ローマ人への手紙1:19-20)
日本では古来、その自然そのものを崇拝の対象とするようなことがありました。
しかし、この手紙の著者パウロは、自然を見てそれらを美しく造られたまことの神さまを示し、自然を見ることでこの方を知ることができると語ります。
「神について知り得る事柄は明らかだからです。神さそれを示された」とあります。
だから「知らない、気づかなかった」という弁解の余地はないとも語ります。
プレッシャーに思わないでください。 ただこの宇宙も自然の全ても、そしてその中にある法則や調和も、神さまの御手によるのだと、ただすなおに受けとめるところから、わたしたちの視野は大きく広がり、その見え方も変わるでしょう。
- 祈り 主よ、どうかわたしの目を開き、あなたの造られたものを、心から楽しみ喜ぶ者としてください。あなたはなんてすばらしい自然の美しさを造られたことでしょうか。