神よ、わたしのうちに清い心を創造し 新しく確かな霊を授けてください。
(詩篇51:12)

このダビデの悔い改めの祈りは、「神よわたしを憐れんでください」という願いから始まりました。
清い心とは何か。すなおに神さまにあわれみを求める心です。
すべてをご存知の神さまの前では、かつての自分の功績や、罪を犯すに至るどんな言い訳も通用しません。
大切なことは、こんな自分ですが、あわれんでください…と祈る心です。
ある人は、「あわれみを求める」という表現に抵抗を感じます。
しかし、あのダビデに見ることができる信仰のありさまは、自分を0にして、ただ神の側からのあわれみを求めることでした。
自分の側の”何か”を言い分として握りしめている限り受け取れない祝福があるのです。
- 祈り 恵み深い天の父なる神さま。あなたはわたしの思いと行いのすべてをよくご存じです。どうかわたしを憐れんでください。罪をゆるし、清い心をもってあなたに目を向け、新しくあなたの霊によって満たし、導いてください。わたしはあなたのあわれみがなければ、立ちえないものです。もう一度申し上げます。どうかわたしを憐れんでください。

