神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。
(詩篇 51:1)
自分の弱さ、愚かさ、罪深さに気づかされた、ダビデ王の祈りです。
たとえ王さまであろうと、神さまの前には、わたしたちと同じくひとりの人間として立ちます。
罪に気づいたとき、ごまかしや自己弁護、自己嫌悪で終わらないことは大切です。
神さまの前にすなおに「どうか赦しください。どうか助けてください。この罪から解放してください」と祈ることができるのです。
そしてそこから、神さまの恵みを受けて新たな人生を建てあげ直していくことができます。
聖書はそんな人生を私たちに勧めてくれているんです。