わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★目覚めた心、やわらげられた心

それから、弟子たちのところに戻って来て言われた。「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。ときが近づいた。人の子は罪人たちの手に引き渡される。…」
(マタイによる福音書26:45)


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兵士たちにとらえられる夜。
その直前まで、イエスさまは祈り、また弟子たちには共に祈っていてもらいたかった。それがこのゲッセマネの園だったんじゃないかと想像します。

人となってくださったイエスさまは、体験する苦しみの中で、最期まで父なる神を求めました。人としての悩みのただ中で祈られたのです。そして、そこに共に祈る友を求めていたのです。

結果的に、祈り心を共有できなかった弟子たちは、後になってそのことに気づかされたことでしょう。

さて、わたしたちは教会にいても、自我とプライドの鎧をまとい、祈らってもらうことも、祈りを共有することにも心が動かないでいる、眠った心、冷めた状態になってはいないでしょうか?

どうかご自分の心を、この弟子たちに照らして点検してみてください。

  • 祈り 主よ、わたしの心をやわらげて下さい。主の思いに、そして主が与えてくださった兄弟姉妹の弱さやうえ渇きに、気づく心を与えてください。そして共に祈る、また祈ってもらえるやわらげられた心を与えてください。