わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★関心はどこに向いているか?

はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。
(ヨハネによる福音書12:24)

 イエスさまは、ご自分の十字架上での死によってしか成し遂げられない、わたしたち罪びとの救いについて、麦をたとえとして語りました。

 自分のエゴのためではなく、その見ているもの、大切にしているものが、人のためというイエスさまの生きざまの焦点がはっきりした言葉です。
 
 果たして、わたしたちの今生きていることの関心は、どこに、そして誰に向けられているでしょうか?
 同じヨハネが記した手紙にこうあります。

1ヨハネ9:16 イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。だから、わたしたちも兄弟のために命を捨てるべきです。

併せて読むとき、自分の生きざまが探られる言葉です。

  • 祈り 主よ、わたしはいつも自分のために、自分がどれだけ善いものを得られているか…に関心が向いています。そんな私たちをも、あなたは愛して命を捨てて、わたしたちをお救いくださいました。あなたの愛の深さと真実を感じます。どうかわたしもあなたの思いに沿って生きる者としてください。
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