わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★いろいろな場面で迫られます

 

宿営の入り口に立ち、「だれでも主につく者は、わたしのもとに集まれ」と言った。
(出エジプト記32:26)
 
宿営の入り口に立ち、「だれでも主につく者は、わたしのもとに集まれ」と言った。
(出エジプト記32:26)
 
出エジプトの、モーセがシナイ山で神から十戒を受け取り語らいっている間に、イスラエルの民は、モーセが遅いと言って、アロンに迫り自分たちのために金の子牛をつくってそれを拝み罪を犯していた。
 
モーセは、おりてきて彼らに最初に迫ったのが、今日の御言葉のところです。
 
「主につくかどうか」、わたしたちはいろいろな場面で迫られます。
 
迫られたときに、何が一番大切かに気づく者、決断する者でありたいと願います。これは多数決の問題ではありません。心をしずめ、天地をつくられ、ひとり子をも下さるほどにわたしを愛してくださっている神さまに目を向けて主のもとに行くことができれば感謝です。
 
  • -祈り 「主につくかどうか」。わたしの心を探る問いかけです。主よどうかわたしの心をきよめ、築きを与え、そしてあなたにつく者としてください。周囲の惑わしと偽りから身も心もきよめてあなたに従う者としてください。
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