わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★変わってしまったのか?


なつめやしの枝を持って迎えに出た。そして、叫び続けた。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、イスラエルの王に。」

(ヨハネによる福音書12:13)

エルサレムの都にイエスさまが入られる時、人々は歓喜してイエスさまを『王』と呼んでお迎えした出来事です。

現在、この日を振り返って「受難週の第一日目」と数えます。
すなわち数日後には、同じ町の人々がイエスさまを糾弾して「十字架につけろ!」と口々に叫びます。

この数日の中で、イエスさまが変わってしまったからでしょうか?
いいえ、違います。イエスさまはどんな目に遭っても、その人たちを愛することをやめませんでした。

このエルサレムに歓喜して迎えられた時、イエスさまは人々の移ろいやすい心をご存知でした。
それでもその人々のすべてを受け入れて歩まれたのです。そして十字架に進みゆかれました。

気分や状況で、心変わりしやすいわたしたちの心を、イエスさまははるかに大きな愛とゆるしで覆い、癒し、つくりかえてくださいます。それがイエスさまの愛の力です。

  • 祈り 主イエスさま。あなたはわたしのことをよくご存じです。ときにわかりやすく怒ったり、失望したり、嘆いたりするような私です。そんな時、そんなわたしとわたしのすべてがあなたの愛に覆われていることを思います。あなたはすべてをご存じで、わたしをゆるしてくださる救い主です。あなたを信じます。