わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★キリストのものとなって

あなたがたは、もしキリストのものだとするなら、とりもなおさず、アブラハムの子孫であり、約束による相続人です。
(ガラテヤ人への手紙3:29)


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「もしキリストのものだとするならば…」 それは、キリストとの霊的なつながりを意味しています。

この方を、自分の救い主として心から信頼し受け入れるときから、わたしたちは、約束された永遠の相続人とされる、というのです。

それは、決してお金や権力で自分のものとすることはできません。

むしろ、どんな人でも「イエスさまは、わたしの救い主です」と心から認め告白するならば、このつながりの中に入ることができます。

それは、また自分とその人生は「キリストのものです」という告白でもあります。

片足だけ足を突っ込んだ、”片足だけのクリスチャン”というものはありません。

もちろん、わたしたちは不十分・不完全なものなので、どうしても失敗や過ちも犯します。
それでも、あなたとあなたの人生がキリストのものであるならば、あなたの悔い改めと、そこからささげる祈りは聞き入れられます。

牧師であるわたしもまた、自分の不十分さに悩みます。けれども、「私はキリストのものです」と告白して、すべてをキリストにゆだねることができるのです。
そうやって生きる、わたしたちは主の守りの中に置かれているのです。

  • 祈り 主よ、あなたがわたしの救い主です。どうかわたしの人生の中で、あなたが中心でいてください。過ちへの気づき、またへりくだりを与えていてください。主キリストさま、わたしと私の歩みは、あなたのものなのです。

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