わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。
(コリント人への第一の手紙15:9)
復活のキリストが、わたしにも現れてくださった(:8)という使徒パウロの告白です。
パウロはわざわざ自分の価値を低くするかのように「使徒と呼ばれる値打ちのない者です」と語ります。
一方で、いくつもの手紙で、彼は自分が、主にあって「使徒として召された」ことを主張します。
矛盾があるわけではありません。彼はいつでも「神さまの恵みの大きさのゆえに」自分が救われたこと、使徒とされたことを証ししているのです。
彼はこの後こう語ります。
…わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです。(:10)
神の恵みの大きさこそ、彼の使命と働きを支えていた。
実は、わたしたちもそうです。「わたしと共に神の恵みがあるから」、そう言えるのです。
- 祈り 主よ。あなたの大きく真実な恵みのゆえに心から感謝します。今日、わたしの心が傲慢になることなく、あなたの恵みにおおわれて、行くべき道を歩むことができるよう導いてください。