わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。(1ヨハネ4:16)

★心から誇りとしています。

このパンを食べこの杯を飲むごとに、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。

(コリント人への第一の手紙11:26)

パウロは、主の晩餐の儀式(聖餐式)にあずかることそのものが、わたしたちが主を証しする証言となることを示しています。

十字架を巡っては、その時代でその現場を目撃した人も含め、歴史の中で色々と評価されました。
ある人は、最も愚かな死だと言いました。けれどもパウロははっきり言います。

わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、 ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。(1コリント1:23-24)

だから、この聖餐にはあずかることは、このキリストの十字架の死を心から誇りとする証しなのです。
これをもってわたしたちはこの方を頼りとして生きていることを証ししているのです。

  • 祈り 天の父なる神さま。あなたはキリストの十字架を通して、すべての人の罪のための贖いとしてくださいました。わたしもまたその贖いと罪の赦しにあずかり救われたことを感謝します。わたしはキリストを誇りとします。わたしはこの方の受けた十字架のゆえに心から感謝します。
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